2020年03月31日

弘ちゃん逝く

image0.jpegAGEのママ、弘ちゃん、清水弘子さんが亡くなった。学生時代からだから30年近くの付き合いだった。
学生時代は通い内弟子の様に毎日師匠のマンションへ通い、稽古とお付きをしていた。
師匠のマンションの近くに師匠が通う小料理屋があって、そこのお客さんで町尻さんというアパレルの社長さんがいた。よく僕のことを可愛いがってくれた。
ある日、「ちょっと塩ちゃん預かるよ!」と師匠に断って外に連れ出してくれた。
何せ、毎日、仕事帰りに小料理のカウンターで師匠に怒られてるのを見ていて嫌だったんでしょうね(笑)
連れ出してくれた町尻さんは、近くにある何件かの店に連れて行ってくれた。そして、最後の店がAGEだった。
カウンターに座った町尻さんは、

「塩ちゃん、これからは、ここで呑んでりゃいいよ。」

「俺のボトルでこれから呑ませてやってよ!」

と。
 それから目白のAGE通いが始まりました。
出版社の小澤書店の地下ともあって、作家や詩人、編集者、大学の職員が多い店だった。

本もたいして読まずにきた学生でしたから、随分と弘子さんはじめ、カウンターに座る大人に可愛がりにあって、影響されて本が好きになりました(笑)なんだか、AGEで本を読む楽しさを教えてもらった様な気がします。
AGEには時折、自分が読んでいる本の著者や編集者が来ていることもありましたから、人と作品の一致やらギャップやらで。ワクワクしたり、興奮したり。悲しんだりと、面白かった。
店にしばらく通ううち、カウンターの中に入る様になり、朝まで呑んで店から仕事に行く様になり、最後は鍵まで預かる様になった(笑)

今でも弘子さんに感謝しなければならないのは、新宿を教えてもらったこと。

「塩ちゃん、新宿で呑んだことある?新宿は面白いよ。知らないと、いろんな人がいて、集まってて面白いのよ。いろんな人がそこにいるって自由だってことなんだよ」

と自分の行きつけや知り合いの店を一軒一軒、店を早く閉めては呑みに連れて歩いてくれました。
ゴールデン街のナベサン、二丁目のカプリコン、川田正子さんの店、パンスナック、五丁目の風紋、風花、松月館、歌舞伎町など…
もうなくなってしまった店もありますが、今でも僕にとっては大切な懐かしい思い出多い店ばかりです。そこで出会った多くの人に育ててもらった様な気がします。
小澤書店が倒産して、AGEも古巣の新宿の五丁目に店を移しましたが、もう10年くらい前になるでしょうか、弘子さんは体調などのこともあったりして店を閉めてしまいました。
暫く少し疎遠になっていましたが、その後も、知り合いの出版記念のパーティーや葬儀などで顔を合わせる事もあり、一緒に呑んだりはしていましたが、こんな急な別れになるとは思いませんでした。まわりの人は、弘子学校の最後の子と僕をゆびますが、僕もなんだか自負がありますね。
思い出があり過ぎて…

昨夜は、無信心な弘ちゃんに、無信心な僕とナオちゃん二人が、弘ちゃんを思い出しながら、取り敢えず頭に浮かぶ経文を写経しながら弘ちゃんを偲びました。


きっと、苦笑いしてるよ!と思いながら(笑)

弘ちゃん、本当に数々の出会いをありがとうございました。 

                  合掌

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posted by 塩原庭村 at 17:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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